新たなるemujuパワー TOSHIBA-6GB8 シングル・パワーアンプ

 私には「間」という概念がとても重要で、こころの蓄電と呼べるものである。オーディオと向かい合う時に常に脳裏に浮かぶ概念で、「執拗な持続低音」として私の中にあるものだ。それは主旋律とは言い難いものだが、私が私から離れて客観として見たときに影のように常につきまとっているような感覚だ。
ちょっと寄り道になるかもしれないが、エリック・ホッファーをご存じだろうか。彼はドイツ系移民の家具職人の子としてニューヨークで生まれた。7歳のときに視力を失い、15歳で奇跡的に視力を回復。学校はまったく出ていない。視力が回復してから一日中本を読みつづけた。18歳の時に父が死に、長らく養育役を買って出てくれた恩人もドイツに帰っていく。正真正銘の天涯孤独になり、西海岸に渡っていく。港湾労働者として働きながら、執筆活動を行うという特異な経歴を持つ。それだけでも私の心を揺さぶるが、その著書に『魂の錬金術』がある。その一節に
「人間は本能の不完全さゆえに、知覚から行動に移る間に、ためらいと模索のための小休止を必要とする。この小休止こそが理解、洞察、想像、概念の温床であり、それらが創造的プロセスの縦糸となり横糸となる。小休止時間の短縮は、非人間化を促す。」とある。
この引用が適当かどうかは読者の方々の想像の関係性に委ねたいが、ホッファーが常に心にとどめていたのが言葉の背後に感じる「思いやり」であった。
今回の新たな出力管TOSHIBA-6GB8を使ったパワーアンプは、全てを包み込む「思いやりの音」なのだ。その音の中に飛び込んでゆくと、「音と音の間」が、まさにホッファーの言う小休止なのだ。肉声や楽器の理解、洞察、創造、概念の温床であり、思いやりの塊となって発現するのである。

 日々オーディオと触れ合い格闘しながら音と音の間を探っている。それは連続的な行為のように見える。私もそう感じながら向き合っている。しかし、振り返ると、「連続と不連続の連続」という感覚なのである。今回のパワーアンプは、日々の連続なる新たなるモノを求めている中にあって正に不連続なる人工物と言える。人工物ながらこの自然な感覚の音は何なのか、という溶け込み方であって、私にはショックという言葉以外見当たらないくらいのモノだった。
音の厳しさは世の中にあるアンプの中でも髄一と言って良いものであるが、心を溶かし包み込んでいく思いやりの音という表現が見事に当てはまる。二律背反を止揚した奇跡のアンプと言って良いだろう。
こんな「小休止という間」は初めてというくらいの体験を日々送れる出来栄えである。回路を含めて世には現出していない未知なるものを創れた喜びである。究極かもしれないが、また明日への一歩に過ぎないのかもしれない。
 是非一度お聴きいただきたい、と切に願う。

エミュージュ代表 小川 尚登

 

 

 

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