蓄積された20年

  新聞や雑誌、その他メディアで喧しく叫び続けられている言葉に「失われた20年」がある。1989年に日経平均株価が38,915円の史上最高値を付けて以来、坂道を転げ落ちるがごとく下がり続けた20年のことだ。これ以後をバブル崩壊と言い、それが失われた20年の発端だ。
そして今、23年が経った。このまま進むと、またまた「失われた30年」と言われることになるのだろうか。その日が来るのも現実視されつつある。
 しかしだ。果たして本当に失われた20年なのだろうか。発端となった株価を前記したが、「失われた」という基準の一つになっているのはGDP(国内総生産)だ。単純に云うと、この20年その値が成長せずにフラットのままということだ。つまり、500兆円を前後してきたのだ。この500兆は何を表しているのだろうか。それは国内でやり取りされた金額ベースの交換された円の値である。それは円のフローの総合計のことである。日本はフローとして円という貨幣で換算して500兆円もの取引がなされているということだ。これが20年でみると何なのか。本当に失われたのか。私はそうは思わない。つまりそのフローは雲散霧消するのではなく、毎年毎年ストックとして積み重ねられているということだ。500兆×20=1京(けい)になる。これは全く想像できない膨大な数字である。
 この数字は日本の中にストックとして存在する。素晴らしい蓄積量ではないだろうか。人々が努力し、モノやサービスを提供したものが、それがお金と言う価値に換算した合計が10000兆円にもなっているのである。日本とは恐ろしく凄い国だと思う。
 これがこの20年、国民一人一人の努力の積み重ねの結果なのだろう。自然が素晴らしい国であることは言うまでもなく、都心にいながら多摩川の水の美しさに感銘を覚え、天気が良くちょっと高いところに登ると富士山も見渡せる。そんな自然と、世界でも有数な美しい都市空間が東京には広がっている。その都市と都市は新幹線等の鉄道網や高速道路でつながり、自然と人工物が見事に、そして高度に調和した国と言える。それだけフローがストックとして結実した社会を構築した我々は、そろそろ自虐史観から脱却したほうがよいのではないか。なぜそこまで「失われた20年」に拘っているのだろうか。「蓄積された20年」と言い換えてもよいのではないだろうか。

 なぜそう言われるのか。一つには、過去の高度経済成長という焼け野原の敗戦からの奇跡的復活という成功体験が大きいこと。その時の「生めよ増やせよ」という人口増加から、少子高齢化という歪な人口構成と人口減少という右肩下がりの構造的変化が我々日本人の感覚には耐えられない何かがあるのかもしれない。右肩上がりというベクトルにあまりに慣れ親しんできた所以である。このような縮みに対する拒絶がある中で、この20年を振り返ると、我々日本人は、相対的ではあるが諸外国の所作等と比較しても、大人としての振る舞いが感じられるのである。高度経済成長時の日本人が海外旅行した時の所作については、あまり良いイメージで受け取られてこなかった。それがこの20年をみると、その洗練された日本人の振る舞いが出来つつあるのではないだろうか。海外に行く機会が多く、しかも新興国やまだ貧困に苦しむ国々に訪れると、日本人に対するリスペクトぶりには驚くばかりである。それこそ「蓄積された20年」であることを誇りとして再認識しても良い時期に来ているだろう。
もう一つの見方として、敗戦から67年の月日が経過した今、まだ敗戦の感覚が残っているのではないだろうか。それは我々日本人の自覚というよりは、敗戦国にも関わらず、奇跡的な経済成長、発展を遂げてきたことに対する戦勝国側の羨みであったり、嫉妬があるのかもしれない。その羨みや嫉妬を成長していた時、我々日本人にはあまり感じなかった。それはまだキャッチアップする前の段階だったからかもしれない。それがある程度他の先進国と同等になり、アメリカに次ぐGDPの数値が示す通り頂上を極めたのである。言い換えると、キャッチアップ後、次の目標が無くなったといえる。新たな目標を定める前に、世界的な経済構造のパラダイム転換に見舞われ、日本の人口構造も転換。人口減少という近年では起こり得なかった構造転換という、今まさに2つの大転換に差し掛かっているのである。つまり先の見通しが立たない、そんな時代に入ったのである。
このような時代観の中で、我々はフローではそんなに成長が望めないことは覚悟しておくべきことであるし、それを前提として国家の姿を設計する必要がある。一方の蓄積されたものを有効活用する時が来たと捉えるべきである。それはハードとソフトの両面でだ。同時にもっとも時間のかかる人間の品格という教育が「蓄積された20年」によってようやく達成されたと認識すべきだろう。
このノーハウを世界の人々に「隠徳善事」として地道に伝えていきたいものである。これもやはり日本人が品格を持ちえた所以の伝え方だ。それは会社の株主向けIRのような、いかに会社が先進的で将来金が儲かるか、というようなプレゼンテーションではなく、歴史として蓄積していくがごとく諸外国の土台づくりに貢献したいものだ。
そんな「甘い考えでは」と一蹴されそうであるが、二千年を貫く仏教の言葉には重いものがあることを、我々は再認識すべきである。特に、スピードが要求される時代にこそ、心に保持しておきたい想いである。利他の精神の言葉に代表される「品格」を磨き続けた20年を、これからの日本が世界に貢献できる礎としての歩みであったと据えたいと思うこの頃である。「20年の蓄積」のこれからが楽しみである。

これらの私見をもとに、オーディオについて付記して考えてみたい。柳田国男の『明治大正史 世相編』に「一つには異なる外国の風習の、利あって害なきことを知ったからでもあるが、それよりも強い理由は褻と晴との混同、すなわちまれに出現するところの興奮というものの意義を、だんだん軽くみるようになったことである。実際、現代人は少しずつ興奮している。そうして疲れて来ると、はじめて以前の渋いという味わいを懐かしく思うのである。」と書かれていることが頭をよぎる。我々のオーディオ探求も海外製品に振り回されてきた。それがダイレクトに日本の製品設計に現れてしまっているのである。つまりそこには天然に養われた日本の思想が薄れ、海外製品の煌びやかでパワーで圧倒するような思想、もう少し強く言えば超越的な神や形而上学的な発想が設計に現れているのである。ここで我々は良く沈思し、天然の日本の褻と晴のコントラストを蘇らせたい。つまり興奮しない普段の生活に立脚した渋さを音として表現したいと思うのである。かつ見えない精神の部分の奏者や肉声の乾坤一擲なる部分には、晴のトランス状態的な、我々に迫ってくる魂を感じるものにしたいのである。
このような音創りに、我々エミュージュは失われた20年というような音づくり思想に振り回されることなく「蓄積された20年」を費やし努力を重ねてきたのである。表層的な華やかさを決して求めない。しかし、内なる華やかさ、沸き起こる魂の叫びは感じてもらいたい音創りだ。このような音は一朝一夕では出来上がらない。またアンプとしてその領域に達しつつあることは自負しているが、日々愛情を注がないと、そんなに容易く心開いた褻と晴のコントラストを感じさせてくれるものではないことをお断りしておきたい。
そんな繊細な中に大胆さを兼ね備えた音空間を、是非みなさんにも体感していただきたいと願っている。

エミュージュ代表 小川 尚登

 

 

 

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